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第67回-ブーメランと自爆

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相手の首を取ったつもりで発言したが、トンデモない勘違いで自分のミスであった。ネット用語で「ブーメラン」と呼ばれる現象だが(昔から使われてもいたかな?)、これは仕事でも実に良く発生する。民○党と自○党の間だけではない。

例えば資料なり書類なりを受け取ったが、内容が全く違っている。「何だコレは?あの人、全然判ってないじゃないか!」、耐えかねて即座にクレームの電話を…ということはしないようにしている。

あまりにも、驚くほど内容が違う場合、「何だコレは?!」というレベルの場合は、もしかしたら依頼方内容が間違っていたのではないかとまず過去の自分のメールや依頼書を調べるようにしている。50回に1回くらい、2%くらいの確率で、実は自分が勘違いをしており、相手の仕事も受け取ったものも、自分の依頼に対しては100%マッチしているということもある。

そんな時に「何ですか?コレ?依頼内容、判ってるんですか?」なんて電話をした日には大恥だ。

ネット関係のクレームなどでもたまにある。自分が使い方を間違っている、機能を正しく理解していない等々の理由にもかかわらず「うまく動かないンだけど!」とサポートに電話…これも大恥。

行き違いが大きければ大きいほど、まずは自分を疑う。そして作業履歴や書類、メール等を徹底的に調べて、100%自分に非がないことを確認してから、「あのー、頂いた資料ですが…」と連絡する。これで感情的な衝突はかなり避けられる。

これとは別に誰からも頼まれていないのに自滅するような仕事を周囲にバラ撒いて「自爆」するタイプもいる。それについてはこの次に…。

第66回-生涯現役?

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小規模なコンサルタント会社を経営していて最も悩むのは「自分の定年をいくつにするか」だ。

完全な個人コンサル業ではなく、一応、男性の技術経営コンサルが私含め3名、他にグラフィックデザイナーやプログラマーも在籍し数名の所帯ではあるが、さて、創業社長でもあり、メインのコンサルタントでもあり、創業15年間で70社近いクライアントのほとんどでフロントに立ってコンサルティングして来た身となると、「いくつまで、このままやる?」は本当に悩ましい(コンサル内容によって数社は他人に任せ伝票処理のオジサンのみをやったケースもある)。

現在、ほとんどの会社が65歳定年制だろうか。私は独立前に非常に大きくて古い電線メーカーにいたので、そこから漏れ聴こえて来る話が参考になる。早期退職で60歳、あるいは57、58歳で自ら身を退いたという話も聴いた。

私は今年52歳になるので、57、58となるとあと5年くらいしかない。コンサルタント業でそれはさすがに早い気がするし、子供もまだ小さいし、そして「退職金積立」も不十分だ。
実際にリタイアを決める大きな条件はこの2つのように思う。子供と、退職金積立だ。しかしそうなるとあと20年近く…心身ともに健康でいなければなぁ…。

かつては「生涯現役」なる言葉がもてはやされて、65や70を過ぎても元気に働いていることがポジティブに語られたが、いまはどうだろう? 某「暴走老人」氏の影響、相次ぐ高齢政治家の舌禍事件などもあり、老害を撒き散らかさずに、ちょっと小洒落た悠々自適の第二の人生を送ることが善しとされているのではないか? 本当は私も、早々にリタイアかセミリタイアをして、のんびり暮らしたいと思うのだけれど(諸事情からそれは無理)。

退職金積立の満期を70歳以上に設定してしまったという事情もあるが、「定年しても完全に隠居する人は少なく、専門性を活かした何らかの仕事を続けているのではないか?」→「それならば今の仕事を量や時間を抑えた形で高齢まで続けるのが最善策ではないか?」→「そもそもクライアントに『高齢になったので引退します。会社も畳むのであとは自社だけでがんばってくれ』など認められないのではないか?」→「いや、その年齢になったら、もう『あなたに手伝って貰わなければ、ウチの会社は成り立たない!』などというクライアントはいないのではないか」…等々、考え始めると止まらない。最後のひとつはちょっと寂しいけれど。

第65回-残業世代

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なんともヘンなタイトルになったが、いま話題の(?)残業&時間外労働について。

私の世代、昭和40年=1960年代中盤生まれで二浪を経て1990年=平成2年の"バブル入社"組は、実に宜しくない皮膚感覚というか、メンタリティを持っている。うっかり残業をしてしまうのである。

昭和末期から平成初頭のバブル入社組は、タナボタだの苦労知らずだのとあまり良いことを言われないが、実は業種によっては入社から数年間、筆舌に尽くしがたい程の苦労をしている。仕事量が膨大でいまの過労死ラインの数倍に及ぶ超過勤務をしているのである。

例えば私は入社早々、工場で月間275時間の時間外労働を経験している。当時の仕事は光ファイバケーブルと端末加工の生産管理だった。
計算が合わないように思うかもしれないが、当時の勤務パターンは「日曜日の午後に実家から出社してほぼ徹夜で連続勤務。独身寮に戻るのは木曜日の明け方。木曜も定時出社して木金も半徹夜。土曜も休日出勤して土曜の夜に実家に」だった。私だけが異常に仕事が遅かったわけではない。男性課員は全員こんなものだった。バブル景気とは単にディスコで遊んでいるだけではなかったのだ。

1991年の金融&土地バブル崩壊で一旦鎮静化するが、面倒なことに約10年後の1999年頃、今度はITバブルが到来する。ブロードバンドなるものが世に出た頃。当時は丸の内の本社におり、光ファイバ製造工場の設備投資とマーケティング、操業管理を担当していた。
勤務形態は似たようなものだったが、それは天下の丸の内勤務。深夜2、3時まで働いてタクシーで品川区内の自宅マンションに。一緒に残業している後輩社員を誘って途中の西麻布あたりでたらふく飲み食いしていた。この頃になるとフレックス制度も導入されており、4時頃に眠ればギリギリ翌朝10時出社に間に合った。当時は概ね200時間くらいの超過勤務だったと思う。

ちなみに工場時代も本社時代も、残業代は上限40時間で切られていた。残りはサービス残業となり、法的に言えば「賃金未払い」なのだが、当時は「まぁ仕方ない。仕事が片づかないよりはマシ」と考えていた(ちなみに2000年の退社から5年後の2005年10月、労基署の監査が入り間接社員約1700人のサービス残業が露呈。未払い賃金計約14億2000万円を支払う羽目になった。サービス残業時間は合計で68万7000時間。1人あたりの平均未払い額は約80万円強と言われたが、年収以上を2カ月に分けて受け取った研究開発者もいたそうだ)。

さてさて、新卒入社から10年以上、こんな「育ち」をしてしまうと、「本当は帰ってもいいんだよ。定時まで働けば十分立派なサラリーマンなんだよ」とアタマでは理解しても、見えないナニカが働いて残業してしまう。いまやいけないことなのだろうが。特に私は2002年の起業後に「労働量と収入が比例する賃金体系」にいるので、なおさらその傾向が強い。

「長時間労働が正しい」というつもりはもちろんないが、「もう一歩踏み込んで調べたい。まとめたい」と考えると、どうしても8時、9時、10時…となってしまうのだ。

私ももう50代初頭になったが、この感覚、もしかしたら死ぬまで抜けないのだろうか…(そんなジンセイ嫌だなぁ…)。

第63回-酒ばなれ

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新聞や雑誌で団塊世代の思い出話を読むことが多い。現在60代中盤から後半。1970年後半が「若手時代」だそうで、まぁ、みなさんこれでもかという程に酒を飲んでいる。

新聞や雑誌で文章を発表するくらいの御仁なので、マスコミ関係者、ジャーナリストが多いが、「先輩に連れられて毎日のように酒場に行き、そこで執筆や編集、そして社会のイロハを習った」というような趣旨の文章が武勇伝のように書いてあると、あまりの隔世の感にクラクラする。

ヒマだったのだろうか? 何時から飲んでいたのだろうか? 残業はしなかったのだろうか? 金はあったのだろうか?

なんとなく、「仕事が終わる時間」というのがあったのだろう。昭和の時代には。確かに私が会社に入った頃-丁度時代が平成に変わった頃だが-まだEメールもなく、1人1台のWindowsパソコンもなく、社内のやりとりは「電話、FAX、社内メール」だった。
確かに夜7時を過ぎると電話もFAXも少なくなり、社内メールは17時便がラストだったか…。確かにそこで、「まぁ、今日はこんなところかな」という雰囲気にはなった(もっともそれも数年後のWindows95以降は激変するのだが)。

それがいまや24時間エンドレスだ。電話は携帯になり、メシを食っていようが酒を飲んでいようがかかってくる。「急ぎの用事」の携帯を、レストランの入り口付近で受けている若いサラリーマンのなんと多いことか。Eメールもスマホへの転送が一般的。これまたスマホを見ながら唸っている人も多い。「ユビキタス社会」とはそういうことだったのか。
そしてノートパソコンまたはタブレットの普及。夜遅くの電車の中で、かなりのスピードで作業をしている若いプログラマーなども良く見かける。

社内メールで2日かかっていた書類が、メール添付で深夜に、瞬時に届き、「明日の朝までに返信して欲しい」。このスピード感、1970年後半には想像も出来なかっただろう。

仕事が高度化、複雑化しているという事情もある。ものづくりでも金融でも流通でもシステムでもなんでもいい。単純なモノもコトも、人件費の安い諸外国に流出し、日本国内で事業を存続させようと思うと、かなり付加価値の高い、高度で複雑なことをやらないとカネにならない。

仕事は複雑になる一方、ワークスタイルはエンドレス化する一方。そして過度なスピードアップ。寝ているとき以外はクタクタになるまで働いて…というのがいまの標準的な「働き方」なのではないかと感じている。それを称して「社畜」と呼ぶのかもしれないが…。

若者の酒ばなれ、車ばなれ…何ばなれでもいい。はなれてしまって何をしているか? 仕事をしているのだ。情報ガジェットを駆使して、早朝から、深夜まで。そしてその背景には仕事の「質と量」、難易度と分量の劇的な変化があるように思うが、これは次回に。

先輩諸氏の酒場伝説などを聴くと、もはや「おとぎ話」のように思える。かたや新聞を賑わす若手社員の過労死、過労自殺の記事。この世代格差はあまりにも大きすぎる。職業観としても、人生観としても。

第62回-つぶした人

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4年ほど前に「第24回-人材起用最大の謎」と題して、「やることは決まっていて、とりあえずの担当も決まっているが、誰がどう見ても適正がナイという仕事と人材のアンマッチ」について書いた。実はこの種の人材起用に関するエピソードはもうひとつある。

ネット上の何かでもいいし、新規事業、新製品でもなんでもいい、その会社には経験のない、何か新しいビジネスを始めようとした時、しかもそれが若干の専門性を必要とする場合、その経験者を採用するのはごく当たり前の話だ。

しかしこの時に、かなり高い確率で「過去に別の会社でソレをやって失敗した人」が採用される。理由はカンタン、経験者でかつ今現在は仕事がないか、時間に余裕があるからだ。失敗して会社を潰していたり、閑職に追いやられていたり、クビになって無職だったりするからね。

結果はどうなるか? かなり高い確率で「過去に別の会社でやった失敗と同じことをやって、見事に二度目の失敗をキメてくれる」。それはそうだろう。というか、なぜその結末が予想出来ない?

「前回の失敗は周辺環境が悪かったからだ。ウチで同じことをやれば成功する」という考え方も間違いではない。しかしそのためには過去の轍を踏まないためのこまめなチェックとサポートが必要だ。手放しで任せると、多くは同じことをやって、同じ失敗に陥り、同じ結果しか生まない。

これは比較的高年齢のマネージメントが、高年齢の人材を採用する時にあるパターンだ。「あの人もこの前は苦労したみたいだけど、ウチで再起を」と情けをかけたのが裏目に出て…というわけだ。

当然、ドラスティックな思考をするナウなヤング世代(20、30代?)の考えは違っていて、「成功者を引き抜け」だ。もちろん、これが正解。

キビシイことを言えば、「過去に別の会社でソレをやって失敗した人」は周辺環境よりもその人の資質や仕事のやり方に問題のある場合が多い。「あぁ、この人は、こういう仕事の仕方で失敗したんだな…」と感じることが多い。そして結末は…。

「成功者を引き抜け」世代の上限が時代につれてじわじわと上がって来ているようにも思う。微妙な価値観の違いだが、終身雇用制度の崩壊とも無関係ではないのだろう。

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