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第19回-あっと言う間の20年間…に注意!

「光ファイバなんて、これからのビジネスで良いですね」とよく言われる。ところがこれがトンデモない間違いで、ある意味、「もう終わっている」ビジネスなのである。

大学卒業後に新卒で大手電線メーカーに就職。リクルートでWebプロデューサーをやっていた時期を除いて、20年以上光ファイバ関連の仕事に就いているので「自分にはこれしかない」と割り切って働いているが、正直なところ本当に厳しい状況である。

わずか数年の間にコモディティ化、寡占化が進み、「選択と集中」が最も激しい業界のひとつである。そしてその苦境が業界外に伝わっていないのも問題かもしれない。
現実に三菱電線、沖電線など大手が2000年以降に相次いで汎用の通信用光ファイバから撤退。他に吸収・合併、事業撤退の話も多く業界全体の課題はズバリ「生き残り」である。

まずはいくつかの誤解を解いておかなければならない。レーザ商用化は1961年(米国での眼科治療用途)、世界初の通信用光ファイバケーブルが敷設されたのは1974年(古河電工千葉事業所内)。実はすでに半世紀の歴史がある「枯れた技術」なのだ。昨日今日に出てきたテクノロジーではない。

情報通信系で電子技術が光に置き換えられ、普及・成長したのは確かに1990年代半ばから末だった。WDM(Wavelength Division Multiplexing:波長分割多重)通信と呼ばれる1本の光ファイバに何波ものレーザ光を通す技術や、EDFA(Erbium Doped Fiber Amplifier)というレーザ光を一旦電気に置き換えることなく光のままで増幅・中継する技術の出現がその背景だが、専門的になるのでここでは詳説しない。

市中の通信用光ファイバケーブルについて言えば、もちろん一定量の張り替えや新設はあるが、様々な技術革新(デジタルコヒーレント光送受信技術など)により2000年前後に敷設された光ファイバケーブルで「かなりのところ(年数)までひっぱれるだろう」というのが業界内の大方の読みである。

最も大事なのは、光ファイバが「これからのビジネス」と言われてからすでに15~20年が経過しているのに、現在40~50代のビジネスパーソンがこの15~20年、つまり1990年代から2010年代の時間経過を「見失い」かけているのではないかということだ。

自己弁護めくが、「40~50代のオッサンは流行にもニブく、感覚が麻痺しているからだ」と責めることは出来ないかもしれない。
下図は1995年から2014年までの光ファイバケーブルの国内需要量(単位:千km/年度)だが、この通り、1990年代の半ばから数えてももう17年間が経っている。

fiber-graph.gif

17年間…1964(昭和39)年から1981(昭和56)年と同じ時間経過である。ひとことで言うと「東京オリンピックから大阪万博を経てスペースシャトル打ち上げまで」だ。「井沢八郎『ああ上野駅』、ザ・ピーナッツ『ウナ・セラ・ディ東京』から、松田聖子『白いパラソル』、矢野顕子『花咲小紅』まで」と言い換えてもいい。みなさんもこの17年間に起こったことを思い出すと、感慨深いものがあるだろう。

しかし同じ17年間でも、1995年から2012年はどうだろう? 例えば1995年のテレビ番組、「王様のレストラン」や「世界ウルルン滞在記」など(近年まで続いていたせいもあるが)不思議とそれほど古い感じはしない。この年にCMから流行した「私、脱いでもスゴイんです」など、うっかり今でも使ってしまいそうだ。

社会の変化、パラダイムの変化が乏しいのだ。高度成長期からオイルショックを経てバブル経済の初期に至る1964年から1981年と比べ、1995年から2012年は「細部は異なるが根幹は同じ」という気がする。一種の社会のサチレーションだ。1995年ならばインターネットも携帯も既に使われていたし、パソコン中心の業務スタイルも確立されていた。
貨幣価値や物価も同様で、例えば大卒の初任給を比較すると1964年の2万1526円が、1981年には12万4822円。ところが1995年の19万8063円に対し、2011年は20万2495円とほとんど変化がない。物価を考えると、むしろデフレの影響で昔よりも安くなったものすらある。

そしてこの文章の冒頭に戻る。こうした「パラダイムの停滞」の中でも、経時的に変化している、すでに過去のものになっているビジネスや製品、サービスは数々ある。
パラダイムの停滞に惑わされて、うっかりと発言すると…15年前、20年前の発想でモノを言わないように注意が必要だろう。成熟化社会が生んだ現象と言えるが、ややこしい時代になったものだ。
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