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第30回-メーカーは強いよ!

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製造メーカーに10年以上在籍してコンサルタントに転じたが、いまさらながら痛感するのがメーカーの「強さ」である。

特にここ数年、自分自身がメーカー社員だった頃には気づかなかったその強さの秘訣を目の当たりにしている。

クライアントのメーカー社員との同行営業で顧客候補に行く。相手は概ね開発系のエンジニア。メーカー社員は必ずしもエンジニアではなく、純粋な事務方の営業担当者の場合も多い。
自社沿革紹介、事業分野、担当製品・技術の紹介。このあたりからがコンサルタントの腕の見せ所で、顧客候補のエンジニアがじっとしていられないような魅力的かつ即効性のある製品・技術を紹介出来るか否か。プレゼン資料へのその「仕込み」のワザは、コンサルタント歴10余年でたっぷりと習得した。

こう書くと口八丁手八丁の営業テクニック至上主義のように見えるが、実はそうではない。ともかく、どんな技術でもいい。部品でも機械でも、「削る」「延ばす」「磨く」といった受託加工でも良い。なんらかのモノづくりを真面目にやっていれば、そしてそれが正しく、実直に紹介出来れば、顧客候補のエンジニアは規模の大小はあるが「こんなことは出来ますか」とひとつ、ふたつは尋ねて来る。一所懸命プレゼンしても、全くの無反応…それはよほど「相手を間違えている」場合だろう。ほとんどのエンジニアが、ほぼ必ず、何かに「困って」いるはずだ。

自分で言うのもなんだが、コンサルタント業の場合はこうは行かない。まず基本的にコンサルタントは「コンサルいかがですか?」と自分から売り込むことはしない。これについては色々な意見があるかもしれないが、自分を売り、スキルを売る仕事なので、過度な売り込みは「業界ゴロ」的に映り顰蹙を買うこともある。
しかし、技術やサービスの「見せ方」「売り方」は熟知している。ここにジレンマがある(いや、本当に、自信を持って、ストレートに売り込めるメーカーが羨ましくもある)。

そこで、メーカーとのコラボレーションだ。歴史の長いメーカーほど、地味で精緻な技術ほど、自分たちのやっていることが顧客に対して有効で、魅力的なものであることを忘れがちである。「ともかく正確に削る」そんな技術で十分、いや、それは最高の商材なのだ。

そんな確固たる自己を持っているメーカーのアシストを、身を粉にして続けて行きたいと考えている。自分自身もメーカー勤務10年以上、ついでに言えば母親の実家も町工場だった。うっかり製造業から離れてしまったが…。

第28回-コンサルが伝えたいこと

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少々前回の続きっぽくなるが…。

数年前になくなってしまったのだが、事務所から1、2分のところに小さな喫茶店があり、ランチや仕事の合間に頻繁に通っていた。
ある日のこと、私がカウンターに座ると、店主が先客の青年に何やら話しはじめた。どうやらその青年はコンサルタントとして独立することを目指しており、「定成さんはコンサルタントなので、話を聴く良いチャンスでは?」ということらしい。

まずは今の仕事を聴く。外車の輸入代理店勤務。営業もやるが多少は企画職も兼ねているそうだ。何のコンサルタントになりたいのか?「経営コンサルタントです。そのためにこうして毎日本を読んでいます」。

むむむむむ…。確かにその青年の姿は何度となくその店で見かけていた。いつも分厚い本を読んでおり、仕事関係で資格試験でも受けるのかと思っていた。まさか「経営コンサルタントになるための本」だったとは。

なんともコメント、助言のしにくい状況である。本を読んだから経営コンサルタントになれるのだろうか? それこそ机上の理論以外の何者でもないではないか。
そもそも対象とする業界はどこで、何の分野を得意とするコンサルタントになりたいのだろうか。彼に聴いても「経営のコンサルタントです」としか返って来ない。漠然としすぎている。

私は今年で会社設立から11年目、倒産もせず、人並みに家庭も持ち、同世代のサラリーマンとほぼ同様の生活をしている。大成功とはいかなかったが、まぁ、そこそこといえるだろう。

しかし今の仕事をするために”改めて”本を読んだりはしなかった。確かに起業時に何冊か本を買った。専門分野の『光通信技術ハンドブック』や、『光デバイス辞典』、『光デバイス精密加工ハンドブック』など。けっこう高額で合計で数万円。いずれも会社の資料室にあった本だが、独立するので自前で持っている必要があったのだ。
経営、マーケティング関係は学生時代に買ったコトラーの専門書やマーケティング用語辞典を実家からごっそり持ってきた。専門用語の確認と、市場調査設計の参考にするためだ。もちろん最初から読み直す、なんてことはせず、提案書を作るときなどにパラパラめくる程度だ。

そもそも私はなぜコンサルタントになったか。実は転職の途中で、ある企業の内定が保留になったためである。切れ目なくA社からB社に移ろうとしたのだが、ある事情で一時待機となり、「まぁ、貯金もあるし、しばらく浪人するかな」と思ったところに2社、3社から仕事を頼まれ、それが4社になり5社になり…。結局B社の話は断り、自分で会社を興すことになった。2002年春のことである。

上記の通り、明確な専門があった。光通信関係の部品、機器の商品企画と拡販戦略。起業時点で10年以上の経験があり、しかし浪人で仕事をする場所はなく、コンサルを通じて「あれもやりたい!これもやりたい!」と暴れまくっていた。やりたいこと、伝えたいことなどヤマほどあったのだ。本など読まなくても。

もう何年も前のことなので、その青年にどう話したか…。まず「今の仕事を極めて、まず同じ仕事で独立してもお客さんが付いてきてくれるくらいのレベルにならないと難しいのではないか」と話したように記憶する。
あとは「経営コンサルでは漠然としすぎているので、市場分野と業務内容を明確にして。『何でもやります』では逆にお客さんは来ない」というようなことも話したかもしれない。

ビジネスについて、身体の中、アタマの中に伝えたいことが一杯ある人、それがコンサルタントなのだろう。
そしてそれは本を読んで得るものではないと考えている。

第22回-ベンチャーこそ海外へ

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起業してから今年で10年になりますが、創業当時の重要なビジネスとして「海外の工業系専門誌の広告代理店業務」がありました。

世界的な景気の低迷、印刷媒体からWebへの移行、広告宣伝費の縮小等々のマイナス要因が重なったため、残念ながら今は低調ですが、2000年から2005年頃まで、このビジネスはナカナカに魅力のあるものでした。

広告代理店というと、いわゆる電博の2社がほとんど牛耳っており、「ビジネスの余地などあるのか?」という感じですが、海外の工業系専門誌には独特の世界があり、一次店、二次店とも中小の代理店がやっている場合が少なくありませんでした。当社は二次店でしたが、営業、制作から各種タイアップまで、活躍の余地は十分にありました。

さて、ここで書きたいのは広告代理業務の話ではなく、海外ビジネスについてです。掲題の通り、創業10年の結論として「ベンチャーこそ海外へ」と痛感しています。

工業系の海外広告はほんの一例、市場調査からセールス代行、展示会戦略、技術提携プロジェクト等々、海外マーケティング戦略には「製造メーカーの担当部署、担当者がやるには少々面倒だが、大手の広告代理店やコンサルタント会社には売上規模が小さい」という中途半端な(?)仕事が沢山あります。そして実際に、そんな仕事を当社は今でも次々とこなしています。

特に2008年秋のリーマンショック以降、中堅~大企業を中心に経費カットの影響で海外出張が難しくなっており(国内出張ですら動きにくい時代なので…)、「ちょっと代わりに行ってきてくれないか」という話までも聴こえてきています。
海外出張にはじまり、営業戦略や技術提携など、「経理の許可をとって、次に自部門の戦略会議でプレゼンして上席の合意を得て、次に計画書、予算関係の稟議書…」とやっているうちにどんどん時間が経ってしまい、タイミングを逸して…という話もよく聴きます。
あと大企業で面倒なのが、「なんであのヒトが今回の海外出張行くんだ?」というヤツ。多くは書きませんが、最も役に立ちそうな実務担当者ではなく、ムニャムニャ…(そして当然成果はナシ)。

ベンチャー企業最大のメリットは良い意味での「身軽さ」。海外に行こうと思えば、時間的、物理的、経費的に素早く実行出来る、適材適所で効果が出せるメリットが、いまほど効いてくる時代もないかもしれません。

「ネームバリューのないベンチャーが海外に行っても、マトモにとりあってくれるかどうか…」などという心配は無用。ハイテク産業について言えば、まず行った先の海外企業もベンチャーからの発展組であることが多く、また日本企業に比べると小規模ベンチャーに対する見方がフェアである(難しい書き方ですが要するに偏見が少ない)と思います。

身軽さだけではなく、少々自虐的…ではありませんが、国内市場の特性を勘案して「海外に出るべき」という考え方もあります。
いまも書いた通り、やはり日本の市場は言い意味でも悪い意味でも成熟している、要するにサプライチェーン的に「出来上がっている」ところがあり、ベンチャーの商機は残念ながら限定的かと思います。しかしそこで諦めずに、ニッチな海外市場に活路を見出してみる。これもひとつのベンチャーの施策でしょう。また広い世界には、不景気な日本からは想像も付かない、昇り調子の国もあったりして…。

「しかし、海外の大企業には相手にされないでしょう?」そういうこともあるかもしれませんが、そんな時には海外現地のビジネス・パートナーと組めば良い話で…このつづきはまたいずれ。

第11回-メーカー営業の醍醐味

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製造メーカーにも「営業部」があり、商社にも(当然)「営業部」がある。両社にはそれぞれセールスパーソンがいて、当たり前だがお客様にモノを売っている。しかし私は、両社のスタンスは微妙に異なるべきと考えている。

その違いは「前工程をどこまで掌握するか」だろう。お客様からすれば「**電気工業」の営業から買っても、「**電気販売」の営業から買っても同じ…とは考えていないかもしれない。お客様の方も、メーカー営業にはちょっとした期待を懸けているように見える。

例えば既存製品のカスタマイズ。お客様サイドは材料や機能に詳しいエンジニアが出てきて、「ここをカスタマイズして欲しい」と言う。ここでメーカー営業には-たとえエンジニアではなく、事務系社員だったとしても-それなりのテクニカルな受け答え、材料の適応性や要求機能の可否に対する的を得たコメントが求められているように感じる。

エンジニア相手、購買担当者相手の場合、製造工程に対するコメントも期待されることが多い。自社の製造工程を勘案して、要求されている製品は実現性があるのかないのか、生産性、採算性、品質のバラつきなどはどうなのか、等々。「メーカー営業ならば、そのあたりに踏み込んだ話をしてくれますよね」的な期待である。
さらに納期問題が絡んだ場合は、「納期通りに出来るように、製造現場に顔が利きますよね」という期待もあるだろう(この期待に副えるかどうかは人により異なるが)。

材料、設計、工程、機能から納期まで、「製造メーカーの営業担当と直接話したのだから安心」という期待感。プレッシャーではあるが、これに応えることこそメーカー営業の醍醐味(プライド?)、という気もする。

さて、ここでポイント。事務系社員ながらメーカーの、製造工程の代弁者的に対応出来るノウハウはどうやって身に付けるか?これはもう、若いうちに現場を経験、いや現場で苦労するしかない。
製造メーカーに入社すれば、当然、「技術研修」や「製造実習」がある。しかし机上ではなく、自分で材料倉庫の管理をして、製造工程の「組み入れ」(生産計画)をして、進捗・出荷管理をして、あるときはエンジニアに「材料や製造工程わかってるのか?!」と怒鳴られ、製造現場のベテランに「無茶な納期でブチ込みやがって!!」と説教されて…この経験がすべて、そのあとのノウハウになるはずだ。

私の場合は大学ではマーケティングを専攻。「消費者行動の神話性分析」という製造業には全く無関係な卒論で卒業して、いきなり電線工場の生産管理課に配属された。上に書いたように怒鳴られ叱られたのちに、新設工場の業務設計や、マーケティングという専門的な仕事に移行した。
作業服を来て、工程の中を飛び回っていたのは丁度5年間、25歳から30歳までだが、なに、この年齢ならば吸収力バツグンで体力もある。旧軍の「新兵」ではないが、最初は下っ端で無知蒙昧でも、すべて時間が解決してくれる(笑)。
正直なところ、業界生活20年を超えたが、いまだに「あの頃」の知識、遺産で食っている部分が大きい。真剣に勤め上げた工場勤務、現場経験は一生の財産になる。

こう考えると、商社の営業でも上述したような製造の知識が豊富ならば一味違った営業が出来るだろうし、逆説的にメーカーの営業でも現場に興味がなければ、現場から得た知識がなければ…(以下省略)…ということになる。

残念なのは製造メーカーの間に「若手社員が転職してしまうから」と入社直後の工場配属を避ける傾向が見られることだ。若いうちの苦労は買ってでもしろ、は古い諺だが、工場配属を苦労と考えず、マニヤックな現場に飛び込めるチャンスとして、「工場萌え」して、いや、興味を持ってくれるような人が望ましいのだが…。

第3回-受注確率という概念




前回、「専門分野を持ち、手に職のあるエンジニアは素晴らしいと思うが、エンジニアとしての能力と、こうしたビジネスの見方、考え方はまた別の話。ここに技術系ベンチャー運営の難しさもある」と書いた。私は私立大学の経営学部を出て、電線メーカーで企業や仕事の何たるかを覚えた、「文科系出身のメーカー社員」だったが、そんな私が技術系ベンチャーの連中と話していた気がつくのが、「受注確率」についての考え方の相違だ。

これまた前回「名刺を3000枚近く持っていても、付き合いがあるのは300社強700名くらい。過去に正式な取引があったのは約60社、そしてその60社中、1年間で取引のあるのは**社、毎月の売上に繋がるのは**社…」と書いた。
こうした確率論は個々の案件についても同様で、「ちょっとこんな話があるんだけれど」と知人から連絡が来た、あるいは広告やWebに対して、新規顧客から問い合わせが入った、いや、取引先の担当者から「こんなこと出来るかな?」と問い合わせが来た場合ですら、実際の「売上」となるのは**%くらいだろう。
これは「世の常」なので仕方のないこと。私だって新しいビジネスを思いつくと、実現性の高低にかかわらずその検討段階であちこちに電話して、場合によっては業者から見積を採ったりもしている。
誰を責めるでもなく、「確度の低い話だった」として諦めるべきで、むしろそんな段階でも声を掛けてもらえる取引先として、顧客のアタマの中にリスティングされていることを感謝しなければならない(こういう時に声すら掛からなくなったらオシマイだ)。

つまり顧客候補も、新規案件も、星の数ほど掴んでいなければ、実受注には繋がらない。ところが一部の技術系ベンチャーでは、ごく限られた、数社、数件の話に会社の運命を委ねるようなことをしている。「その案件が流れたらどうするんですか?」「その会社の方針が変わったら、あるいは倒産したら、どうするんですか?」と聞くと、どうもピンと来ていない。そして多くの案件は逸注、霧散し、仕事もお金もなくなる。

最初はこうしたギャップの原因が理解出来なかったが、改めて考えてみると…技術系ベンチャーを興すのは、開発系エンジニアのことが多く、起業前の会社員時代に、彼らの手元にやって来るのは売上が保証された「受注済み案件」しかなかったのだ。
私は電線会社時代に「本社業務部」というところで働いていた。一体何をするかというと、日本中の営業から寄せられた新規案件候補に対する見積計算と見積書の作成、発行。まぁ、もう、毎年何百枚、何千枚の見積書を作ったことか。光ファイバケーブルやコネクタ取付加工、通信工事の担当だったが、これらは当然、相見積の対象となっており、濁流のように押し寄せる膨大な数の新規案件のうち、実際に受注するのは何%くらいだったか…。

こうした世界にいたから、「顧客候補も、新規案件も、星の数」を痛感するのだ。もちろん全ての技術系ベンチャーのエンジニアが「わかっていない」というつもりはない。セールスエンジニアとして営業の前線を経験していたり、あるいは見積担当と一緒に技術資料や提案書を作っていたエンジニアならば、受注確率という概念は十分に理解しているだろう。
しかし、残念ながら「逸注を目の当たりにしている営業の前線」から遠いところ、研究開発部門やプロセス関係出身のエンジニア諸氏によるベンチャーの場合、「自分の手元に仕事が来るまで、どのような事象が起こっているか」を実感出来ていないこともある。技術系ベンチャーの陥りやすい問題点と言える。

こう考えると、技術系ベンチャー企業成功の秘訣は、エンジニアが本業、専門である研究開発やものづくりに対して、いかに専念出来て、心ゆくまでソレにハマれる環境、組織、機能を作るか、周囲がそうさせるかに懸かっているように思えて来る。そして私は、メーカー出身の事務系コンサルタントとして、そんな環境づくりに尽力したいと考えている。

また技術系ベンチャーは、前述のように研究開発部門出身者が多いため、品質保証も手薄になることが多い(「品質保証部出身者による、斬新な製品のベンチャー」というのはあまり聞いたことがない)。これは営業面ではなく、核であるはずの技術面での盲点に繋がるのだが、毛色の異なるテーマなのでいつか改めて記そう。

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